ゆとりさとりがただひとり

”時代”っすかね

朝井リョウ「何者」を海外インターン中の”意識高い系学生”が読んだら。

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観察者は鎖で縛られている。

※この記事は、朝井リョウ・著「何者」(新潮社)のネタバレを含みます。

 

読みました。 映画化もされた『桐島、部活やめるってよ』等の作品で知られる朝井リョウ直木賞受賞作、『何者』です。

 

何者 (新潮文庫)

何者 (新潮文庫)

 

 

キャスト豪華すぎる。。。。

この作品の中では、SNSを使っていて皆が感じていながらも、言葉にせずやり過ごしている感覚を言語化しています。 SNSを少しでも使っている現代人ならば、誰しもが少なからず気まずさ、生々しさを感じるはず。

SNS内での人格と現実での人格が乖離しやすい”就活”を題材にしているが、大人にも、子供にも、皆に刺さる内容です。

主要な登場人物は6人。そのうち5人はそれぞれの思いを抱えながら就活に挑みます。 就活生の本音と建て前、SNS上にできあがる理想の自分。登場人物はそれぞれ、各々の傍から見た「痛々しさ」を持っているが、そのすべてに自分は当てはまるような気がしてきてすごくバツの悪い気分になる。

そんな作品を

・インドで海外インターンをしながら
・将来は企業に属さずフリーランスで働きたいと思っていて
・それゆえに就活を少し軽んじつつ
・でも不安だから新卒就活はするであろうし
・意識高い系の人々の言動を見て、嘲笑してしまうこともある

という人生迷いまくり、主要な登場人物6人を足して6で割ったような休学中の大学生である僕がこの作品を読みました。

正直読んでる間ずっと、自分の突かれたくない部分を突かれているようで、「もうやめてくれ。。。許してくれ。。。」という気持ちだったのですが、この作品の見どころである最後のどんでん返し後、自分の中で、観察者は鎖に縛られ続けるから絶対になってはいけないのだなと、腹落ちすることができました。

 

俺みたいな直木賞とっちゃうような小説書ける天才は痛いやつの痛いところに気づいてるし、読んでるみんなも共感できるくらいに世の中の人たちはそれに敏感だけど
それに冷めてんじゃねーぞ若者!!若気の至りだ!痛くなっちまえよ!!

ってメッセージを感じました

 

 

主要な登場人物と、その行動

簡単に主要な人物紹介を。

二宮拓人:世の中を観察し第三者になったつもりでいるが、自分を諦められない観察系男子(主人公)

就活にはあんまり力をいれていない、というポーズをとりながらも、実はうまくいかないかな、という期待を胸に抱いています。 ツイッターの裏アカウントを作り、自分の意見を匿名で発信して承認欲求を満たします。 他人の「痛さ」に敏感すぎるがあまり、「痛い」ことができなくなってしまいます。

神谷光太郎:バカを装う世渡り上手、リア充コミュ力高め男子

就活を一番遅く始めて、でもうまく就活をこなしてしまいます。 彼は内定後に、自分がただ就活という競技が得意だっただけだと悟り、葛藤します。その姿はすごくリアルで、僕の周りに一番多い人物像かもしれません。

田名部瑞月:愚直に頑張る真面目系素直女子

海外インターンなどを経て就活に挑みますが、家庭的事情から物語の主人公にはなれないという現実を目の当たりにします。 しかしその中でもしっかりと自分が頑張らなければならないと自らを鼓舞し、強く生きます。普段は表に出しませんが途中で煮え切らない行動をとる隆良に対して猛烈な批判をします。一番就活に対する葛藤を抱く人物像なのではないでしょうか。

銀次:就職活動を捨て、自分の夢を叶えるために独立を志す意識高いポエマー系男子

劇団を自ら立ち上げ、月一回の公演を行い続けます。ネットの批判や、周りからの視線に気づきながらも、自分の夢に迷いがありません。 作中で、下記の隆良との共通点なども見受けられますが、実際にアウトプットを出しているかどうかという点において、一線を画しているようです。

小早川里香:SNSで自己アピール、意識高い系女子

海外ボランティア、留学、TOEIC、毎日キャリアセンターに通っているとツイッター上でアピールする意識高い系女子。 劇中では最も就職活動に力を入れる一方、なかなかうまくいかない人物として登場しています。様々な肩書きを”着て”生きていると主人公に指摘されるなど、自分の自信のなさから仮面を被り、SNSへの発信をしつづけています。 本当は自分でも「痛い」とわかっていると告白していて、それでもなんとか内定を得ようと奔走します。

宮本隆良:就活批判をこじらせるも、就活を捨てきれない意識高い、芸術系男子

新卒一括採用という制度に下らなさを感じ、就職活動を嘲笑、批判。自分はどこか周りと違くて、組織に属さず生きて行く。社会に出ていないにもかかわらず、会社に属していくことのバカバカしさを布教しようとする。が、何か大きなアウトプットを成し遂げているわけではない。・・・痛すぎる。。。(僕の心も) 里香と交際、同棲しています。

思ったこと・考えたこと。

みんな「痛い」ということに気づいている

就職活動をしていると、銀次や里香、隆良のような「痛い」人間にたくさん遭遇します。 もちろん僕もその一人です。就活に疑問を感じて飛び出してきていますし、多分周りから見たら多少痛いやつ、になってると思います。しかしその「痛さ」が覚悟できないのでこうして匿名でものを書いたり、発信をしたりしています。

そのような意味で、僕も「痛さ」には人並みに敏感な方だと思っていたのですが、主人公が隆良の持論を聞いて考えていた内容に、冷や汗をかきました。

個人の話を、大きな話にすり替える。そうされると、誰も何も言えなくなってしまう。就職の話をしていたと思ったら、いつのまにかこの国の仕組みの話になっていた。

あ〜うん、こ〜ゆうやつね。 

onomimono.hatenablog.jp

 どんぴしゃすぎて、恥ずかしい通り越しますね。

ただですね、「休学」という行動をとる際には、明確な理由、大義名分が必要になります。出会う大人、学生に対して、多少なりとも納得感を持って欲しい。つまり認めて欲しいと思うようになります。この選択は正しかったのか?果たしてどうなんだろう?と不安になるからこそです。

その時に話を大きな話にせざるをえなくなってしまいます。なぜなら自分には何もないから。大きな話をすれば、将来に繋がっている感じがするし、まっとうな感じがする。今はこれでいいんだ。 そう整理して考えるようにしてきましたが、匿名ブログで日本の将来の話をする自分の痛いこと痛いこと。本を読みながら赤面してしまいました。

しかし僕は人間誰しも、そのような「痛さ」を持っていると思います。

想像力がない人は、何かイベントがあった時に絶好のチャンスだと言わんばかりに、こういうものを外へ外へと発信する。光太郎は、その事柄に全く関係の無い人が「最高の仲間!」とか「みんな大好きありがとう!」とか、そういう文面を見たとき、瞬く間に心が冷えていくことをきちんと想像できる側の人間だ。

 これは自分の行動や、属している団体のイベントなどをSNSを介して過剰にアピールする人間を見た時の、主人公の指摘です。確かに冷静な洞察で、誰しもが「うんうん。」と思うでしょう。

でもこれは、ある一面から見た意見でしかなくって、例えばそれによって得られるものが、仲間との団結感、だったりあるいは、そこから広がる仕事、人脈だってなくはないはずです。一番大きな意味としては、自分が社会に認められている、という承認欲求を満たすことができる、というところでしょうが。

それに対して失うものは、周りの観察者の、「何これ痛い」という感情だけです。これを嘲笑して話のネタにされる。それってどのくらい自分の人生に関係するのでしょうか?

観察者である=自分を負の鎖で縛っている

確かに「痛い」って怖いです。自分も普段人と話す時に、なんで休学したのかだったり、日本ってこうなっていきそうだよね、みたいな話はそんなに真剣にできません。痛いと思われたくないから。

でも、どっかで人に話したいし、どっかにわかってくれる人がいると思うから、不安だから、匿名で発信する。 けど、客観的に見たら、それすら「痛い」。劇中の銀次も、隆良も最高に「痛い」。見てられない。

でも、それを指摘して、揶揄して、主人公が得たものは何か。 それは、自分を縛り付ける負の鎖だけです。 他人を第三者になって観察することにはリスクがありません。それによって傷つくことはないです。 しかしそれを繰り返すと、自分の熱い部分を否定してしまうことになって、どんどん動きにくくなってしまう。 鎖で縛り続けながらも、友達に隠れて企業を受けたり、友達の内定先の批判を見て安心させたり、行動はどんどん負の方向、誰も得をしない方向に進んでいきます。 作中では、前半は意識高い系を揶揄している主人公たちが描かれていますが、後半からは観察者である主人公、そして読者が全否定されます。

自己発信をしていけば、正の鎖で縛られる

それに対して、自己発信を続けていくと、正の鎖に縛られます。

例えば就活に関する自己発信を続ければ、自分は絶対に失敗できない、だから頑張る。といった正の鎖に縛られます。

有言実行、という言葉は、自分を正の鎖に縛り付けましょう!ということの言い換えだと僕は思います。

泥臭く足掻くことができるやつが最強。不言実行は、不言不実行で終わる。

どれだけ他人に「痛い」と思われても、なりふり構わず自己発信をして、自分なりの正解を見つけようとする姿勢は、誰がなんと言おうと大切なのではないかと今回を通して思えました。

不言実行がいい、という考え方がおそらく僕たちの世代には多くあると思いますが、不言は不実行で終わることがほとんどであると思います。なぜなら鎖がないからです。

とはいえ、やっぱり隆良のように、口では大言壮語でありながら、実はビクビクしながら、隠れて生きて行くのもまた辛い選択でしょう。 それが怖くて、覚悟が決められないという人も少なからずいると思います。

それを回避するためには、自分が無理!という状況になったときに素直に折れることのできる心持ちが大切だと思います。

僕自身今はエンジニアとしてのキャリアをなんとか形成しようとしていますが、無理だと思ったらしっかりと無理だった!と周りに対して言えるように心の準備しています。 その上で、エンジニアとして勉強をしていますよ!というアピールもしています。痛い感じで。

結論としては、意固地にならずに、泥臭く頑張り、周りを巻き込みましょうと月並みな意見になってしまいました。でもそのくらいシンプルなんじゃないかと思います。

それでも恥ずかしいし、どうしても「痛い」って思っちゃうあなたへ

実際にそれがわかっていたとしても、Facebookに流れてくるリア充投稿や、スーツ姿の友人がタグ付けされた写真を見て、「うわあ」って思っちゃう自分、いますよね。

そんなあなたに、主人公の先輩であるサワ先輩の言葉を贈ります。

「たった一 四〇字が重なっただけで、ギンジとあいつを束ねて片付けようとするなよ。ほんの少しの言葉の向こう側にいる人間そのものを、想像してあげろよ、もっと。」

正直、これができる人間は少ないと思います。でもこの考え方は現代においてとても重要です。

主人公は、現代は言葉を殺ぎ落とさなければいけなくなった分、洗練されたアウトプットが繰り返される。よって、SNSなどで並んでいる言葉はその人自身であって、それは人格を如実に表すとしていました。それに対してのサワ先輩の言葉です。

こう考えることができれば、SNSに依存することなく、あくまで一つの手段として考えることも可能になるのかな、と思います。 素敵だよ、先輩・・・。

就活生は、読んだほうがいい

自分は冒頭でも述べた通り、各々のキャラクターの各々の「痛さ」に重なるところがあります。 ですが、この作品を通して、観察者でいようとしてしまうのだけはやめようと思えました。

この本は就活生が読むべきではないという人も多いようですが、僕は就活生こそ読むべきだなと思います。

自分の「痛さ」を知った上でそれを実行できることは、絶対に大事。

僕はこれからも、「痛い」発信を続けていきます。間違っていたらすぐ折れます。それでいいんじゃないでしょうか?読んでよかったです。

 

何者 (新潮文庫)

何者 (新潮文庫)

 

 

続編の何様、も面白いらしいので読んでみようっと。 

 

何様

何様